新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

二段活用の一段化と「青春の門」

 今「青春の門」と言う小説を読んでいます。発端は先週偶然YOUTUBで「織江の歌」と言うのを見つけたことに始まります。山崎ハコと言う人の歌です。

 「ハコ」と言うのはずいぶん変わった名前だと思って何気なく聞いてみました。とても暗い歌でした。歌詞からすぐにこれが、「青春の門」の歌だと分かりました。

 「青春の門」は五木寛之の代表作です。舞台は福岡県の田川という町です。この町にはツマクマのいとこがいて、一度義母やツマクマと一緒にいとこの家に行ったことがあります。

 有名な炭鉱地帯です。従弟のお父さんも炭鉱で働いていたようです。(鉱夫ではなく事務職員)この地域は気性の荒いことで有名です。それでとても興味深く思い青春の門を読み始めました。

 ところでタイトルの「二段活用の一段化」とどうつながるのでしょう。もしすぐにピント来た人がいたら、言語学それも日本語の文法史に専門的な知識を持った人です。
 
 二段活用は江戸時代初期頃に一段活用化したのです。「先生がこられる」の「られる」は一段活用です。二段活用の場合「こらるる」つまり尊敬の助動詞「らる」の連体形は現在では「らる」ですが、江戸時代以前は「らるる」となるのです。

 ところが、地方ではその変化が起こらないことがあるのです。言語は中心地から次第に変化が地方へ進みます。一つの変化の後次の変化がくるまで時間がかかるのです。

 江戸時代の関東で起こった二段活用の一段化現象は遠く九州のまた内陸部とでも言う筑豊地方に及んでいなかったのです。古形ととでも言うべき二段活用は方言の形で残ったのです。

 書き言葉の場合、日本中の人に分かるように共通語(標準語)で書きます。手紙や公文書では共通語以外使うことはありません。

 ところが会話の場合、お互い地元の者同士なので、気楽に方言を使います。実は二段活用の一段化というのはおじさんが大学3年の時国語学(日本語学)のゼミレポートとして提出したものです。

 何年か前おじさんの一番弟子が大学院を受験するとき、大学院の入試問題にも「二段活用の一段化現象について説明せよ。」と出題されていました。二段活用はいまでは、この筑豊地域広くは福岡県の遠賀川流域だけに残っています。(青春の門遠賀川流域が舞台)

 「青春の門」では沢山一段活用がでてきます。これだけで日本語学のレポートができるくらいです。読者のみなさんには単なる方言としか聞こえないと思います。

 その方言は江戸時代初期にほろんだ日本語の古形なのです。言語のシーラカンスのようなものです。以下おじさんが120ページくらい読んだだけで採取した一段活用の例を紹介します。(    )内が一段活用です。

「さがり蜘蛛にさるるぞ」(されるぞ)、「無駄に捨つる」(捨てる)、「ひとつふたつほじくらるる」(ほじくられる)「やらるっぞ」(「やらるるぞ」の短縮形 やられるぞ)「ボタを投ぐる」(投げる)、「だまさるるもんか」(だまされるもんか)

 いかがですか。筑豊地方の人は方言は共通語に比べて汚い言葉遣いだと思っているでしょう。実は汚いどころか古式ゆかしい由緒ある日本語なのです。戦国期以前室町期まで古代から普通に使われていた共通語の表現なのです。

 共通語から外れた方言は汚いから使わないようにしようと言う運動もありますが、方言の本質を言語学的に知るとまた違ったものが見えてきます。

 今日は珍しく言語学からのブログでした。明日も授業です。