新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

日本社会分析の視点ー権威と権力

 今日も朝からはっきりしない天気です。気温も平年並みと言いますが、3月になっても春らしい暖かさになりません。
 
 株式市場も外国為替市場もすっきりしません。先週までの勢いはどうしたのかと思われるような状況です。今日はツマクマが某食品会社の株式を購入しました。食品会社は株主優待があるので、それに期待しています。食品会社は、外国為替とはほとんど縁遠いので、円高などとは連動しません。
 
 その代わり食品株は値動きも小さいです。配当と株式優待で銀行金利を少し上回るくらいです。食品株で大儲けすることはまず無理です。それでも相場全体が上がるとそれに比例するくらいは上昇します。日経平均が10%上昇すれば、食品株も値段が10%上昇するといった塩梅です。
 
 さて今日は権威と権力について書きます。現在の日本の社会が停滞している原因として、権威の喪失があると思います。権威とはある分野で専門知識や経験が豊富で、他の人から信頼されていることを言います。権力とは法や軍事力などで他の人を従わせる力です。
 
 もちろん、権力を持ち同時に権威でもあるという場合もあります。しかし、ほとんどの場合、権威と権力は別個の場合が多いです。権力を手に入れることは権威を手に入れるよりも容易です。権力は自らの努力で手にいれることができます。たとえばある将軍が軍隊を動かしてクーデターを起こして権力を手に入れることはできます。しかし、権威者となることはできません。
 
 権威を手にいれるためには、周りの人を納得させるだけのものが必要です。それは力によってなされるものではありません。逆に権威を手にいれるために力を使うならば権威は逃げていってしまいます。
 
 現在の復興の状況を見た時それを感じました。原発事故で問題となっている地域に除染物質の中間保存施設を作ろうとした時、1郡8町の町長のうち3町の町長が反対してまとまらなかったようです。また、移転問題でも、高台に移転するのに賛成な人と反対の人がいて、やはりまとまらないようです。
 
 防潮堤の高さを巡ってもまとまりません。漁業特区を作って民間資本を導入する問題でもまとまりません。その他様々な問題で意見が相違してまとまらないようです。
 
 国や政府が駄目だから復興が進まないとマスコミは報じていますが、最近は詳細に現地の様子が報道されてだんだん復興が進まない理由が明らかになってきました。
 
 以前であれば、権威のある人がいてその人が言えば異論はあってもまとまっていたと思います。もちろん、そんなやり方は民主的でない、徹底して議論すべきだという意見も多いと思います。現在問題になっているのは、どちらが正しいと言った問題ではないのです。
 
 基本的な考え方の問題です。どの時代でもそんな意見の相違はあったと思います。日本の場合それを長老や物知りと言った人が調整して落とし所を見つけたと思います。
 
 特に小泉改革以来、そんなものは古いし民主的でない、全てをオープンにして議論すべきだとなったようです。しかし、先にも書いたように人間の社会は理屈だけで動くものではないのです。あの人が言うなら不満はあるが仕方ないという決め方の方が地域社会ではうまくいく場合が多いのです。
 
 地域のお祭りなどは、長老などが仕切ってそれでうまくいきます。なぜあの人が仕切るのか、民主的な選挙で選ぶべきだなどという人はいません。伝統保守派の人にそのあたりを主張してもらいたいのですが、どうもそうはならないようです。
 
 権威の失墜は、政治、経済、学問、司法、教育など多方面にわたっています。権力はシステムや法を作れば解決します。しかし、権威を持つには時間がかかるのです。権威を壊すのは一瞬で済みますが、権威を作るのには時間がかかります。
 
 権威というのが難しければ調停者と言ってもいいし、仲裁者と言ってもいいでしょう。現在は全て議論のぶつかり合いです。議論で言い負かした方が正義ということになります。しかし、真理は短期間あるいは短時間の議論で決着がつくものではないのです。
 
 時間をかけてじっくり検討しなければ悔いを残すことになります。即断即決が必要なこともありますが、やはり重要なことは様々検討する必要があります。今人気の某市長はテレビ討論に長けていて、学者を言い負かします。これはフェアーではないと思います。
 
 学者は長い時間をかけて資料を集め、繰り返し検討して結論を出します。数分のうちに相手に負けない的確な回答を出すようには訓練されてないのです。一方はテレビ出演を繰り返し、短時間それも即座にその場にふさわしい答えを出すことに長けているのです。
 
 即時性だけで言えば、芸能人が一番長けているでしょう。現在は忙し時代なのでじっくり権威を育てることができません。またおじさんに言わせれば反知性主義的な風潮があります。勉強しても意味がない、そんなことより現場力だとか、官僚は頭でっかちで分かっていないなどです。
 
 また、学者や官僚などを批判し揶揄する方を好む傾向にあります。またコツコツ努力するより、短い時間に成果をだすことが求められます。さらに情報が氾濫して何が正しいのか分からなくなっています。そのような、時代にあって、すぐに分かるとかこうすれば即時かつ簡単に解決できるという言動が好まれるのです。
 
 即時かつ簡単な解決法は多くの場合、ある一点を除いてほとんど全ての問題点を切り捨てるという傾向があいます。そのために問題の極小化がなされるのです。小泉さんの郵政民営化選挙がその典型です。郵政民営化は必要かどうか、それだけに絞って選挙をするのです。
 
 もし選挙に勝って政権を握った時、他に何をするのかは言わないのです。民営化に賛成なら入れてほしいとだけしか言わないのです。当然反対する理由はないので投票すると他の問題でも白紙委任という結果になります。
 
 大阪市長選挙でも同様なことが起こりました。分かりやすいだけに極めて危険なのです。維新の会の政策も同様です。まあこちらは今でももめているようなので、はっきりしたものは出てないようです。おじさんの見るところ、賛否同数のような問題は意識的に政策から除いているようです。(貿易自由化問題・外交問題・防衛問題・皇室問題・消費税問題など)
 
 もし、これらの問題について態度を明らかにしたら、反対の人は離れていくでしょう。今期待されているのは、その実行力とスピードです。しかし、賛否同数の問題ではそうはいかないのです。仮に政権を取ったらこの問題と対峙しなければなりません。
 
 その時、現在主張しているような実行力とスピードを維持できるかは極めて疑問です。維新の会のやり方は権力的であっても権威に基づくものではないからです。1回の選挙くらいでは権威を持つことはできないからです。
 
 又又今日は愚痴になってしまいました。明日は前立腺の薬をもらいに行きます。