新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

外国専家新年音楽会がありました。

 今日も朝すごい濃霧でした。今年一番かと思われる濃霧です。9時半に大学に行きましたが、まだ霧が残っていました。大きな河に挟まれた地域なので冬や秋には濃霧が出ます。朝霧は晴れの言い伝え通り今日は晴れでした。どうも前の日に晴れると霧がでるようです。
 
 今日で今学期の授業は全て終わりました。今日は4年生の総合日本語で、彼らも今日で授業は終わりのようです。後は期末試験を受けるだけのようです。この科目の試験は金曜日の午後にあります。明日からは試験です。早速明日は日本概況の試験があります。その次は中級作文です。問題は全て印刷済みです。
 
 さて今日は市政府外専局主催の新年音楽家会がありました。外専局とは外国人専門家を扱う部局です。市と言ってもおじさんの住む街の市は日本でいう政令指定都市並みなのです。政令指定都市は日本では県と同じ権限がありますが、中国だと省と同じ扱いなのです。市で一番偉い人は市長でなく、中国では党書記ですが、おじさんの市の党書記は中央政府の部長(日本の国務大臣)からの横滑りです。
 
 次に外国専家というのは、外国人専門家の意味です。詳しいことは分かりませんが、単に日系企業で働いている技術者ではなさそうです。雰囲気から言えば、中国が必要として招聘している外国人の各種専門家という意味のようです。特別に外国人専家証というパスポートのようなもの(中国の国章が表に印刷されています。結構立派なものです。)が発行されます。もう少し詳しいことも知っていますが、面倒なので省きます。
 
 専家証はとても大事なもののようで、亡くすと特別な手続きが必要なようです。市内に在住する外国人の場合、国慶節にも晩会があります。こちらは今年は小規模で招待された人だけが出ました。以前はオープンだったのですが。今日も小規模で招待された人だけでした。おじさんの大学からは3人でした。アメリカ人のおばあさん先生(どう見ても60歳過ぎています。)おじさん、それにインド系のおばさんでした。引率は大学の外事処課長さんです。
 
 音楽会というので近くであるのかと思ったら、おじさんの街から高速で1時間くらい離れた別の大学でありました。ここはおじさんの大学よりはるかにおしゃれできれいな大学です。農業大学と教育大学が合併してできた大学です。教育大学と言っても教員養成というより教育学研究の大学の雰囲気が強いです。教育心理学では全国的に有名なのだそうです。日本にもこの大学の名前とそっくりな大学があります。この街に来て名前を聞いた時びっくりしました。(おじさんが行ったかもしれない大学の名前だったのです。)
 
 参加者は欧米人を中心に70人近くです。日本人はおじさんと師範大学(教育大学)の先生が来ていました。一緒に行ったアメリカ人の先生はコンピューターの専門家だそうです。日本のJICAのような組織からの派遣だそうです。同じ組織から派遣されていた医科大学で英語を教えている先生は、日本に4年いたので日本語がぺらぺらでした。最初日本語で話しかけられた時はびっくりしました。その後ずっと日本語で話しました。正式に勉強したわけでなく、自然に覚えたのだそうです。
 
 晩会の内容は、民族音楽の演奏や踊りなどです。時間は1時間半くらいでした。主催が市の外専局なので、副局長があいさつしました。晩会は主催した大学の芸術学院の学生さんが演奏や踊りを披露してくれました。とても上手でした。最後は出演者全員で「蛍の光」の中国バージョンを唄いました。
 
 最後のあいさつは「クリスマスおめでとう」と「新年おめでとう」です。「新年おめでとう」は良いのですが、どうも中国でお互いに「クリスマスおめでとう」は変な気がします。日本でも普通地方政府(県や市のこと)の部局主催の音楽会では「クリスマスおめでとう」は言わないと思うのですが。そう言えばおじさんのマンションの入り口にもクリスマスツリーが飾ってあります。
 
 夕食会はちゃんと席順が決まっていました。おじさんは日本人ですが、もちろん市政府の副局長もちゃんとあいさつと乾杯にきます。まさか、中国では日本人が中国人の政府高官に無視されるなどと思っていませんか。おじさんは先述したように、市政府の招聘で来たいわば市政府のお客様ですから、失礼なことなど絶対にありません。
 
 これが民間企業や旅行者だと違うと思います。飲み物は高級ワインです。欧米の専門家(技術者や医学関係者・・医科大学)などもいるのですから、扱いは丁重そのものです。欧米人で来ていた人は大学関係者がほどんどでしたが、中には研究機関の研究員の人もいるようでした。料理はとてもおいしかったです。アメリカ人の先生は辛いものには慣れていないので、水を頼んでいました。
 
 おじさんのテーブルは当然のことながら欧米の人と中国人の人です。中国人同士は中国語で、欧米の人に中国人の人が話しかける時は英語です。もちろん市政府関係者でも英語ができる人と全然できない人がいます。おじさんの隣の人は当然英語が出来る人です。とてもきれいな英語で話しかけられて困りました。おじさんは高校卒業後50年近く英語を勉強したことがないのです。
 
 国文科に行くくらいですから、全く外国へ行くことなど考えたこともありませんでした。この年になって、英語が喋れたら良かったと思います。いつ英語が必要になるか分からないので、読者の皆さんも英語力をつけてください。明日は午前中試験で午後から採点です。