新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

2年前の思い出ー中国でケガをするの巻

 今日は1日中晴れていました。おかげで家の窓ガラス吹きが進みました。おじさんの年末大掃除の役割分担は家の窓ガラス吹きなのです。
 
 午前中は今年最後の銀行と郵便局回りをしました。中国滞在中は年金を使わずにすんだのですが、帰朝してすでに半年近くたち、さすがに年金だけの生活は厳しくなりました。と言っても4月からは年金が満額でるので、後しばらくの辛抱です。(現在は本来の年金の三分の二程度です。)
 
 さて今日は今から2年前の思い出を書きます。おじさんは日本に帰ってから、中国で病気をしませんでしたかとよく聞かれます。実は中国で病院に行ったのへ3年間で2回だけなのです。1回目はある果物を食べてかぶれてしまったのです。その食べ物はマンゴ系の果物で、以前食べた時は何ともなかったのですが、ある時食べたら口の周りがかゆくなり、腫れてしまったのです。
 
 ちょうど授業があったので、授業に行くと学生さんから「どうしたのですか」と言われ事情を話すと、病院へ行ってくださいと言われました。おまけに誰かが主任の先生に知らせたようで、主任の先生からも病院へ行くように言われました。ちょうど大学院生の修士論文の添削を依頼されていたので、その学生さんに付いてきてもらいました。
 
 中国では職住一体なので、大学校内に3階建ての病院があります。内科・外科など基本的な診療科がそろっています。大学の先生に言わせると、風邪くらいしか行かないそうです。おじさんが行くとすぐに手当してくれました。値段も40元(500円くらい)ですぐに治りました。
 
 問題は2年前の昨日、その日は体調がちょっと悪かったのですが、それほど気にせずツマクマと繁華街に行ってイタリアレストランで食事しました。その時グラスでワインをちょっと飲んだのですが、その後店を出てすぐ気分が悪くなりました。次に気がついたら外にいました。それに顔面と口元に痛みがあり、冷たいタオルを顔に当てていました。
 
 なんと気分が悪いのでトイレに行こうとして気を失って倒れたのだそうです。顔面を強打し、目の下と唇の周りを切っていました。おまけにぐらついていた前歯がぐらぐらになっていました。ツマクマはどうしてよいか分からずしばらくイタリアレストランで休ませてもらって、そこのオーナーに連れられてタクシーに乗りました。
 
 ツマクマはすぐに大学の主任の先生に電話しました。するとおじさんのマンションの近くにある医科大学病院(おじさんの街には2つ医科大学があるのです。)を紹介してくれました。そこは、おじさんの市でも1・2を争う立派な病院です。おじさんの大学の先生も何かあるとそこに入院する所です。
 
 病院に行く途中知り合いの学生さんと出会い付いてきてもらいました。病院につくと、学部長(外国語学院長)・主任(日本語学部長)・副主任・外国人担当課長(外事処課長)などが来ていました。後で知ったのですが、大学病院などは、紹介がないと簡単には診てもらえないのです。おまけに、時間外なのでなおさらです。
 
 そこはコネ社会、同じ大学同士なので何とか教授レベルの医者に診てももらいました。その後、外科で縫合をしてもらいました。さらに、歯についても呑み込んではいけないからと抜歯して、後日歯科の治療に来るように言われました。中国では診療費は全て前払いなのです。
 
 日本のように診療費を払わず逃げるなど不可能なのです。それにこれからの治療に必要な点滴薬から点滴セットまで全て前払いで買います。点滴をする時は、その薬を看護師さんに渡してやってもらうのです。通訳は全て日本の大学院で博士号を取得した副教授の先生がやってくれました。
 
 料金は2000元(2万4千円くらい)くらいでした、2000元を今すぐ払いなさいと言われて払える中国人の人はそんなにいません。中国の大卒初任給が2000元なのです。日本の金銭感覚で言えば20万円と言ったところです。もちろん、おじさんは大学から結構貰っていたので、銀行カードですぐ下ろして払いました。
 
 ついでにCTスキャンもやりました。これは200元(2400円くらい)です。バス代2元(24円くらい)ラーメン1杯8元(90円くらい)の世界ですから、中国人は病気になると大変です。テレビで田舎から来た人が診察の順番を待って何日も過ごしのを見ましたが、コネがあればすぐに診てもらえるのだろうにと思いました。
 
 その後は化膿止めのための点滴だけでした。それで、先述した大学校内の病院でしました。とは言っても看護師さんと話したりしないといけないので、大学生の人や大学院生の人が付き添ってくれました。大学生と言っても医療に関する会話なので、卒業後上海外国語大学大学院や日本の国立大学大学院に入学するような優秀な学生さんでした。
 
 おかげで無事回復することができました。考えてみれば、イタリアレストランのマスターには迷惑を掛けました。その点から言えば本当に中国の人は親切だと思いました。見も知らぬ外国人が倒れたのを見て、休ませてくれた上に、タオルで冷やす手配をしてくれ、おまけにタクシーまで呼んで学生さんと出会うまでついて来てくれました。
 
 あれから2年、問題もなく過ごすことができました。ところで大学からは800元(9800円くらい)でました。また日本でも傷害保険が出ました。おかげで、日本で治療したのと同じくらいの金額ですみました。大学の保険もあるのですが、全額出るのは公務災害の時だけのようです。
 
 明日から次女のところへ留守番に行きます。29日に保育所が休みになりますが、次女の勤務が30日まであるからです。