新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

「貧乏子無し社会の成立ー縮小社会論・素描」について

今日は雨かと思ったら薄曇りのままでした。昨日は夜、仕事をしたり友人と電話しているうちに何だか眠れなくなりました。それで、前に書いた「ネットと愛国」という本を読んでいたら、さらに色々考えさせられてとうとう夜中過ぎまで眠れませんでした。

 おかげで今日の午前中は頭がぼーとしてさっぱりです。ツマクマも寝れずに韓国ドラマのDVDを見てやはり寝不足です。本当は家の周りの壁面の修理をする予定でしたがだらだら過ごしています。

 ところで株価の方は又下落です。スペインの方は何とかなりそうなのですが、問題の国も多く、ユーロの将来が不安だからでしょう。まだまだ不安定な動きが続きそうです。それに今年いっぱいは日本も含めて選挙の季節なので、きちんとした方針がどこの国も立てにくいようです。

 さて、今日はタイトルに書いた論文についてです。タイトルの論文は岩波書店が出している雑誌「思想」の先月号に掲載されていました。この雑誌は、おじさんが大学生だった1960年代後半には大きな影響力を持った雑誌でした。岩波は「文学」という雑誌と「世界」という総合雑誌を出していました。(今でも出しています。ただ影響力はほとんどありません。)

 今の若い方で「思想」など読む方はまれでしょう。この雑誌は大学の図書館にあったので、懐かしくて見たのです。著者は天野義智と言う人です。全然知らない人です。ネットで調べてみたのですが、大学などには所属していません。

 かなり刺激的な内容の論文です。ところで論文名の「素描」というのはデッサンと言う意味です。つまり厳密な論証ではなく、ざっと全体のイメージを描いておくと言う意味です。今頃論文のサブタイトルに「素描」など使う人も珍しいです。おじさんが大学生のころは良く使っていました。

 さて、彼はこれからの日本は「構造改革政策による競争強化と終わりなき消耗」か「重税重福祉によるゆるやかな縮小」しかないと言います。そして、「ネイテイブ日本国民については社会的縮小は不可避であり、経済成長路線への復帰は不可能、出生率の大幅な回復はありえない。」とまで断言するのです。

 筆者によれば、経済構造改革政策は経済エゴイズムとの因果関係によって強化されると言います。さらに情報機器の発達もそれを促進し、ビジネス階級に大きな影響力を持つとも述べます。ビジネス階級は中上位の階級と低位ビジネス階級に分けられます。前者は大企業のエリートサラリーマンや後者は非正規社員は若いビジネスマンです。

 筆者によれば経済構造改革政策は中高位ビジネスマン階級に利益をもたらすが故に支持され、低位ビジネスマンには自分だけは転落を防ぎたいと言う観点から支持を得やすいとします。もちろん、結果として「貧窮化し不安にさらされる」のは低位ビジネスマン階級です。

 ところで、かれはこれからの日本の社会の大部分を占めるのは貧困無子階層だというのです。筆者によれば「貧困無子階層は中小企業従業員、非正規雇用労働者、零細自営業者、無名自由業者」などを想定しているようです。多分年収300万円クラスの人でしょう。

 この階層が少子化へと進むのは二つの軸と二つの相から分析できると言います。二つの軸は経済と感情です。相は対外的な不安と内部的な不安です。経済における対外的な不安とは、子供を持っても自分が将来子供を十分育てるだけの経済的な余裕を持てるかという不安です。経済の内部的不安とは、子供を養育するというのは、肉体的にも精神的にも大変だが、自分はそれに耐えられるかという不安です。

 感情における内部的不安は結婚しても家族として長い期間維持できるかと言う不安です。そもそも異性とどう付き合ってよいのかさえ分からない若者が、親として子にどう接していけばよいのか不安になるのは当然です。また外部的不安とは、生まれた子供が将来きちんと成長するかという不安です。受験や就職など子供を待ち構える困難についての不安です。

 筆者によれば、日本国民には「将来不安に強いメランコリー(憂鬱症)な性質」があるとします。その性質は先に書いたような不安を増幅させるのです。低成長で情報が少ない時代なら感情的不安は小さかっただろうと思います。またこれから豊な時代が来ることが予想された高度成長の時代には経済的な不安から結婚や出産に躊躇することもなかったでしょう。(今は貧しくても将来豊かになると言う見通しが立つからです。)

 さて筆者は展望として「人口が自然減少段階に入ることは圧倒的な優位性がある」とします。つまり悲観的なことばかりではないと言うのです。ただ「人口減少に伴う残酷さを抑制するには、増税と所得配分による超高齢者、失業者、養育困難な幼児児童の生活支援が不可欠で」そのために「累進課税率と消費税率の双方を大幅に引き上げなければならない。」とします。

 ここまでくれば、このブログの読者のみなさんはああそれは無理だとお思いになるでしょう。今消費税を上げるためにどれだけ苦労しているか、また子供手当がばらまき政策だと非難され、生活保護の厳密化や家族扶養の強化が叫ばれているかご存じだからです。政府や社会に頼るな、自分のことは自分で守れが今の風潮です。一言で言えば自己責任の原則です。

 最後に筆者は恐ろしい言葉で論文を締めくくります。構造改革政策か重税重福祉政策かと言えば「日本を含む現代アジア社会の大衆感情を観察する限り、経済エゴイズムの影響は極めて大きい」とします。その結果経済改革政策が選ばれる可能性が高いとし、最後に「だとすれば、特に恵まれた環境にない限り、新しい子供は、特に男の子は、やはりあまり生まれてこない方が幸福かもしれない。」とします。

 この論文の著者はこれまでにもいくつかの著書を書いているようです。岩波書店発行の伝統ある雑誌「思想」に掲載されるレベルの論文の結びとしては極めて珍しい文学的な表現だと思いました。そして、暗澹たる気持ちになりました。あの「ネットと愛国」で取り上げられているグループはまさにこの「貧困無子階層」の人々なのです。

 ただ、現在は新自由主義全盛時代であり、大きな政府より小さな政府、官から民へと言われる時代に、堂々と重税重福祉政策を提唱するのはすごいと思いました。ネット右翼の人は「思想」などという大昔流行した雑誌など読まないでしょうから、炎上などということもないでしょう。

 今度この著者の別の本を読んでみようと思いました。論文に興味のある方は大きな公共図書館や誰でも利用できる大きな大学の図書館に所蔵されていると思いますのでぜひ読んでみてください。明日は授業で木曜日は大学なのでブログはお休みの予定です。