新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

終末の微(しるし)

 今日は日曜日なので恒例の教会ネタです。昨日から長女夫婦来ていました。ツマクマは体調不良でおじさんは五十肩なので、長女夫婦が家事を手伝ってくれて助かりました。

 今日の聖書箇所はマルコ福音書13章1節以下です。イエス一行が神殿の境内を出ようとしたとき、弟子の一人が神殿を見て「なんとすばらしい建物でしょう。」と言うのです。

 それを聞いたイエスは「一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」と神殿の崩壊を予言します。事実その後神殿はローマ人たちによって破壊されるのです。

 その後弟子たちはオリーブ山の神殿が見るところに座っているイエスに向かって、終末はいつ起こるのか弟子のペテロが聞くのです。

 どの時代も終末への恐れがあります、以前はノストラダムスの大予言で終末が予告されました。また20世紀の終わりにも世紀末が叫ばれました。

 仏教でも末法思想というのがありました。ペテロの質問に対してイエスは」「人に惑わされないように気をつけなさい」と答えるのです。

 終末を恐れる人たちはいつも何か起こると終末が来たと恐れるのです。イエスの名を名乗る偽預言者が多く出て人を惑わすと言います。

 イエスを名乗りませんでしたがオウム真理教のようなにせ預言者が現実にでました。その被害は大変なものになりました。
 
 「戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない」とも言います。なぜなら戦争は「起こるに決まっている」からで、「まだ世の終わりではない」と言います。一時日中の軍事衝突などが取りざたされました。今は日中の間で抑制がきいているようです。

 「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる」とも言います。また「方々に地震があり、飢饉がおこる」とも言います。地震については記憶に新しいです。

 その後弟子たちが受ける苦難について語られます。それではどうすればよいのでしょうか。困難がどんなに続いても「最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」という言葉で結ばれます。

 終末については新約聖書の最後にヨハネの黙示録として現れます。イエス自身はまだ終末の時ではないと言うのです。

 だから「人に惑わされないように気をつけ」なければならないのです。今後大地震が予想されます。また東アジアで大きな混乱が起こるかもしれません。

 そんなときになっても、人に惑わされることなく、生きて行きたいと思います。主日はこれで終わりです。明日から世俗の生活です。さっそく明日の外国為替相場と株式相場が気になります。