新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

「目を覚ましていなさい。」-人間は弱いのですぐ寝てしまいます。

 今日は日曜日なので教会に行きました。世俗にまみれた生活をしているので、日曜日くらい教会に行って聖なるものに出会わなければなりません。

 ところで、今日の説教は「目を覚ましていなさい」というものでした。マルコ福音書13章32節以下からです。まず「その日その時は、誰も知らない」という言葉でこの箇所は始まります。

 その日その時とは審判の時です。西洋絵画にテーマとして取り上げられている最後の審判の時です。その時がいつなのかは、「天使たちも子も知らない」とあります。

 「子」というのは「人の子」つまりイエスキリストのことでしょう。それでは誰が知っているのでしょう。聖書では「父だけがご存じである。」とあります。

 その最後の審判の時をどのように待つべきなのでしょか。聖書では「気をつけて目をさましていなさい。」とあります。つまり、最後の審判の時がいつか分からないからこそ、目を覚ましてその時を待たなければならないのです。

 ところが、人間はつい寝てしまうのです。弟子たちでさえそうでした。イエスが捕らわれる直前イエスが祈っているのに、弟子たちは寝てしまっているのです。

 寝るというのはベッドに入って寝るという意味ではありません。心が別のところ行ってしまっている状態を言うのでしょう。まさに心ここにあらずの状態です。

 心ここにあらずの状態では、見れども見えず、聞けども聞こえずの状態です。そんな状態を目を覚ましていないと言うのです。

 しかし、人間は弱いのですぐ寝てしまうのです。まあ、聖書を読んで寝ないようにすることしかなさそうです。人間の弱さは信仰があるからと言って変わるものではありません。

 おじさんも月曜日には世俗に戻ります。さっそく明日の株式市場がどうなるか気になります。目標値に近付いた株のことも気がかりです。