維新の会の分裂について
今日の報道によれば維新の会の分裂が決定的になったようです。確か先日の報道では橋下さんたちが脱退しても地方政党として生きていくはずでした。
それに、大阪のダブル選挙に全力投球すると表明していました。それが一夜明けるとやはり国政政党を目指すと言うのです。
今回も橋下さんの前言を翻すです。そもそも府知事に立候補した時も立候補は絶対にありえないようなことを言って前言を突然覆しました。
大阪市長には立候補しないと言った時も前言を翻すのではと言われました。そして今回地方政党で行くと言いながら一夜にして前言を翻したのです。
一度あることは二度ある。二度あることは三度あると言います。ですから、大阪市長に立候補しないと言いながらも選挙で負けそうになったら、前言を翻し立候補する可能性もあります。
日本では言葉の重みがありません。欧米で責任ある政治家が橋下さんのようなことをしたらあっという間に信頼をなくすでしょう。
言葉には重みがあるのです。昨日と今日では言うことが違ったら言った人を信じることはできないでしょう。多分維新の会の政治家もまさかと思ったでしょう。
この場合の「信」は信義の心です。民に信義の心がなければ国家は成り立たないと言う意味です。これについては「民が政治を信頼しなければ政治は成り立たない」という理解もできます。
政治は「まつりごと」です。「まつり」は「祭り」に通じます。一種の神事と言ってもいいでしょう。そこには真剣さ真面目さが求められるのです。軽いノリでやれるものではありません。
今回のドタバタ劇で橋下さんの本質が見えてきたようです。話題性が結局すべてなのです。人の意表をついて自分の意見を押し通そうとするものです。小手先のテクニックだけで政治を動かそうとしても無理です。
これでは国政に参加しても大した影響を与えることはできないでしょう。今回のことでやはり橋下さんはアジテーターでありパフォーマンスの人であることが分かりました。
大阪府民や市民の常識的な判断を待ちたいものです。明日は日曜日なので教会です。牧師が休暇なので、牧師に代わって説教をします。うまくいくか今からドキドキしています。