代理説教ー「みことばに聞く」-コヘレトの言葉3章11節より
今日は牧師が夏期休暇なので、代理で説教をしました。今の牧師さんになってからは夏期休暇の時だけですが、前の牧師さんの時は夏期休暇以外にハンセン病患者の施設への伝道に牧師さんがいく時も代理説教をしていました。
おじさんの教会では長老(役員)が代理説教を行っています。去年は別の長老が説教をしたので、今年はおじさんの番でした。
ツマクマの容態が悪いようだったらお断りしようと思ったのですが、7月に亡くなったので説教を引き受けました。説教には聖書の解きあかしの説教と証(あかしの説教があります。前者は聖書の意味の説明が中心になりますが、後者は自らの体験を語るものです。
これまでおじさんは自分の体験でなく聖書の解きあかしの説教をしてきましたが、今日は自分の体験を語る証の説教をしました。
ツマクマの死に至るまでの介護体験とそれをささえてくれた方のことです。今日の聖書箇所は「神はすべてを時宜にかなうように造り」の部分です。以前はこの部分を「すべての時はみこころにかなって美しい」と訳していましたが、今は訳が変わっています。
ツマクマの病気が癌であることが判明したのはある教会員の方の勧めがあったからです。セキが止まらないのを見て大きな病院を勧めてくださいました。そこの病院から大学病院を紹介されがんであることが分かりました。
もし大きな病院に行かずそのままにしていたら、半年しか生きれなかったと後に主治医の先生から聞きました。主治医の先生はいつも今を生きるあるいは今日一日を生きることを勧めてくださいました。
まさに聖書の「その日の労苦は、その日だけで十分である」というマタイ福音書6章34節の言葉でした。またツマクマはなぜ自分は病気になったのか、何か悪いことを生まれる前にしたのだろうかと言いました。
抗がん剤治療をやめた後呼吸器内科から緩和ケアー移りました。そこの主治医が何とおじさんの教会学校の教え子だったのです。牧師の息子さんで、もちろんクリスチャンでした。この主治医を教えたのは50年前のことです。
50年後ツマクマの主治医として現れるなどその時どうして想像できたでしょう。それだけでも奇跡に近いのに、自宅で介護するようになった時の訪問看護の看護師の方は35年前おじさんが担任した時の生徒さんでした。
50年前と35年前の教え子をツマクマのために神様は遣わしてくださったのです。ツマクマは介護の途中でいよいよ死期をさとり、死んだらどうなるのだろうと聞きました。
もし二人に共通の信仰がなかったら答えられなかったと思います。聖書では人は死後神様の国に行き世の終わりに復活するのだと教えています。おじさんもその通り答えました。
先に神様の国に行って待っててくれ、後から行くからと言いました。この話は説教ではしませんでした。もし説教でこの話をしたら、涙がでるからです。今思い出しても涙がでそうです。
ツマクマの死は以前書いたように1週間の入院で亡くなりました。退院して7ケ月目のことです。6ケ月目の時主治医の先生から、「ここまで自宅で過ごせたのは奇跡です。」と言われました。
ですから、おじさんとしては後悔はありません。自慢になりますが、その時同時に「よくここまで家庭で介護されましたね。」と主治医の先生から言われたのです。
説教というものは、自らこれを話そうと思わなければできるものではありません。知識を示すものではないからです。授業に比べると格段に難しいです。この年が説教だと思ったら、半年以上前から構想を練るのです。
まあこれで今年は終わったので、来年は別の長老が説教します。その間次の説教について考えようと思っています。明日はツマクマの最後の事務処理に郵便局へ行きます。(郵便貯金の名義変更)