新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

聖餐式あれこれ

 今日は日曜日なので恒例の教会ネタです。今日は第一主日だったので聖餐式がありました。聖餐式カソリック教会でもプロテスタント教会でも行われます。

 儀式の少ないプロテスタント教会では重要な儀式の一つです。カソリック教会の聖餐式プロテスタント教会聖餐式は微妙に違います。

 一度カソリック教会の聖餐式を見たのですが、神父さんが信者さんひとりひとりにパンを与えていました。信者さんが神父さんの前に行ってパンをもらう形式です。

 葡萄酒は神父さんが代表して飲みます。プロテスタント教会では役員の人が席をまわって配る(配餐と言います)形式と信徒が前に進み出てテーブルを囲んで聖餐が行われる場合とあります。

 おじさんが最初に洗礼を受けた教会は、信徒が前に進み出てテーブルを囲む形式でした。今の教会は席に役員さんが配る形式です。

 中国の教会では、人数が多いので聖歌隊の人がパン(ウエハー状のもの)を配っていました。聖餐にあづかる人は席に起立して待つのです。

 席の端に居る人が聖歌隊の人から受け取っていそいで回すのです。葡萄酒(ブドウのジュース)も同様です。500人くらいの人が聖餐にあづかっても本当にわずかな時間で終わりました。(出席者全体で700人くらいです。)

 まさか中国で聖餐にあづかれるとは思いませんでした。日本の教会によっては全員聖餐と言って出席者全員が聖餐をするところもあります。

 しかし、これはおかしいです。キリストを信じるがゆえにパンがキリストの体となりブドウ酒が血となるのです。信仰なしにパンを食べ葡萄酒を飲んでもそれは単なる食べ物であって聖なるものではありません。

 ところで、パンはどこでも同じですが、先述したブドウ酒は教会によって異なります。本来最後の晩餐でえイエスが弟子たちに与えたのは本当の葡萄酒です。

 ところが、未成年者にブドウ酒と言うお酒を公然と飲ませて良いのか、またアルコール依存症の人の場合一滴でもアルコールを摂取しすると依存症が復活すると言われます。

 それでおじさんの教会も20年くらい前に葡萄酒からブドウジュースに変えました。中国の教会の聖餐式がブドウジュースなのも何か意味があるのかもしれません。

 聖餐式では少し多めにパンとブドウジュースを用意します。と言いうのもしパンと葡萄ジュースが不足したら困るからです。この二つは聖餐式の準備の時牧師さんが特別に祈りを込めたものだからです。(聖別する)

 不足するとこの手順をもう一度やり直さなければなりません。礼拝が中断することになるので、大目に準備するのです。一度全部なくなったことがあって、ひやひやしました。

 それでは残ったパンとブドウジュースはどうするかです。教会によっては、牧師さんが残りを食べるケースがあります。一度神学部の聴講生になった時、このことが学生間で話題になったのですが、ある教会では余ったものは捨てると言っていました。

 さすがに、居合わせてみんなはびっくりしました。そこにいたみなさんが言うには、ほとんどの教会では牧師さんが食べるようです。

 カソリック教会でも神父さんが聖餐式で使うワインを毎週飲むのでアルコール依存症になることもあると聞いたことがあります。カソリック教会の場合ブドウジュースではなく葡萄酒だからです。

 聖餐式について、重要な儀式だけにいろいろ面白いことがあるものです。明日は授業で遅くなるのでブログはお休みです。