新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

お彼岸でした。ーいろいろ思うことがありました。

  おじさんはキリスト教徒ですが、実家は違います。実家は普通の仏教です。厳密に言えば浄土真宗本願寺派です。俗にいう「お西」(西本願寺派)です。

 おじさんの一族の墓は同じ市内の別の地区にあります。以前はそこに父親の墓もあったのですが、お墓に入る人が増えて結局同じ地区の別のところに墓を建てました。

 以前のお墓のあったところは、おじさんの地区では一番古いお寺です。おじさんの以前住んでいたところは、漁村だったところが、企業が来て大きくなったのです。

 ですから、本家は港の近くにありました。もともと企業が来るまで港の近くにしか人が住んでいなかったのです。さて、父親と母親が亡くなって仏壇は長兄がお祭りしています。お彼岸なので長兄の家にお参りに行ったのです。

 父親は42歳で亡くなりました。がんでした。おじさんが小学1年生の時です。大企業に勤務していたので、大勢お参りに来ていたのを今でも覚えています。

 父親のおかげで長兄と次兄は父親の勤務していた会社の関連企業に就職しました。おじさんが大学に進学するとき、地元の大学の経済学部に合格していたのでそちらに進学するように言われました。

 おじさんは別の公立大学の文学部にも合格したいたので、そちらの大学に進学しました。もし、この公立大学に合格していなかったら、浪人はできないので経済学部に進学していたと思います。

 そして、長兄や次兄と同じように父親の勤務していた会社の関連会社に就職したと思います。何だかある企業の名前を聞いたことがあるので、そこに就職させようとしたようです。

 不思議な運命で会社員にならず教師として生きてきました。今日は長兄のところを参りをした後思い立ってツマクマのお墓にも行ってみました。

 その後、去年の今頃次女夫婦とおじさんたち夫婦で食べに行ったところで昼食を食べました。ツマクマは去年の今頃はまだ元気で皆で車に乗って一緒に食事に行けるほどだったのです。

 こうしておじさんのお彼岸は終わりました。明日はそろそろ庭の草も生えてきたので、手入れをするつもりです。