新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

平和主日礼拝がありました。

 今日は日曜日なので教会でした。ブログも教会ネタです。今日は平和主日礼拝です。これは日本基督教団の教会歴で決まっているのでしょうか。
 とにかく八月の第一主日(日曜日)は毎年必ず平和に関する説教がなされます。キリスト教は愛の宗教ですから、平和を大切にします。
 新約聖書の中でも「平和を実現する人々は、幸いである。」とあります。(マタイ福音書5章9節)これは山上の説教(以前は山上の垂訓)と言われるものです。
 イエスキリスト自身が群衆にした説教なのです。その後に「その人たちは神の子と呼ばれる。」と続きます。新約聖書の中では和解や赦しについて述べられています。
 一方旧約聖書は全く別です。もちろん成立した時代や社会が全く異なっているからです。モーセによってエジプトから脱出したイスラエル民族は約束の地を求めて荒野をさまよいます。もともと先住民がいたのですが、彼らと争いながらイスラエルを建国していきます。
 建国後も近隣諸国と絶えず戦争するのです。旧約聖書の中では新約聖書のような平和を尊ぶような教えはほとんど出てきません。
 逆に敵をせん滅するよう神が指示することさえありました。日本の場合敗戦を経験しているので、平和の尊さは良く分かります。
 欧米などでは平和主日の考えかたがあるのか分かりません。日本のキリスト教もかっては戦争協力をしたのです。そのトラウマが残っていて、反戦意識が強いです。
 次回からはこれまでの流れに沿った説教がなされます。今の流れはイスラエルの初代の王サウルが主の御心にかなわない行いをしたので、ダビデが次の王になるところです。
 次回はおじさんが司式(礼拝の司会)です。教会学校の説教ほどではありませんが、それでも準備をしなければなりません。
 明日はいろいろ家の仕事をしようと思っています。