「村」-百姓たちの近世 を読む。
今日は専門学校の授業でした。学生さんはやる気がありませんが、とにかく必要と思うことを教えています。学生さんの能力差が大きいので、どのレベルで教えるか難しいです。
帰って相場を見ると、また今日も大きく日経平均は上がっています。しかし、いつも書くようにおじさんの持ち株は低迷したままです。
何が何だかさっぱりわかりません。まあ何を言っても仕方がないので、いつか値上がりするときを待って堅忍不抜です。
さて先日近世の村に関する本を読みました。目からうろこ状態です。近世の村というと貧しく悲惨なイメージしかありませんでした。
ところがこの本を読むと結構自立してたくましいことが分かりました。考えてみれば、領主と雖も農民の年貢で生きているわけですから、余りなことをすれば自分の首を絞めることになります。
おもしろいと思ったことをいくつか書きます。一つは領主の問題です。おじさんが以前所有していた別荘のあたりもいくつかの藩の飛び地がありました。
この本によれば、村の中がいくつかの領主のものの場合もあったとあります。ある旗本の10石、ある寺院領で20石、地元藩の30石などです。
この場合、農民一人ひとりが領主ごとに分かれて分担するそうです。ABCさんは旗本に年貢を収め、DEさんは寺院の年貢を納めるとと言った具合です。
それは現在残っている村の絵地図に記載されていることから分かるのだそうです。と言ってももちろん、村人であることに変わりはありません。
村の共同作業などには全員村人として参加し、村役人の支配も受けたようです。村では村掟を作って自治をしていたようです。重罪の場合は藩なりの裁きを受けますが、軽微な罪は村で裁いていたようです。
治水工事なども個別の田んぼの場合は領主ごとに負担し、村全体にかかわる問題の場合は、村の所属する藩などが負担したようです。
当時の田の肥料は山の草を用いていたようで、そのため当時の山は草原状態だったようです。近代になって木を伐りすぎてはげ山になったと思われがちですが、逆で近世の方が木のない山が多かったようです。
そのため洪水になりやすかったのです。後にはお金を出して肥料を買うようになります。また、当時の農村でも人でが不足することがあって、お金を出して人を雇ったようです。
いろいろ知らないことが分かったおもしろかったです。ちなみに正式な書名は「シリーズ日本の近世史2 村ー百姓たちの近世 水本邦彦著 岩波新書」です。
明日も専門学校の授業です。