新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

修養会がありました。-宗教改革を学ぶ

 昨日はお出かけして帰りが遅くなったのでブログをお休みしました。今日は日曜日なので教会でした。礼拝後恒例の教会修養会がありました。
 修養会というのは、勉強会のことです。修養と言っても何か特別なことをするわけではありません。外部講師を呼んでやったこともあります。
 礼拝説教の後お話だったりしました。今回は宗教改革600年を記念しての修養会です。おじさんの教会はプロテスタント教会ですが、プロテストと言ってもいつも抗議しているわけではありません。
 今日の先生の話では、プロテスタントというより福音主義教会と言った方が正しいとの話がありました。全くそうだと思います。
 そもそもキリスト教イスラエルと言う中東で成立し、地中海沿岸をへてヨーロッパ全体に広がりました。宗教改革のあった当時人々の最大の関心事は死後の世界がどうなるかでした。
 当時疫病が流行し、飢饉ともなれば大勢の人が死にました。乳幼児の死亡率も高かったです。どんなにお金を稼いでもいつ死ぬか分からない時代でした。
 キリスト教は明確に死後の世界について語りました。罪を犯したものは天国にいけないというのです。同時に地獄のこわさもあおりました。
 人々は何とかして死後天国へ行きたいと願ったのです。人間ですから罪を犯さず生活することはできません。カソリック教会では神の代理人として神父さんに罪を告白すれば罪が許されたのです。
 罪が許されるにあたって何らかの償いが課せられました。のちには修道士などがその償いをかわってするのだという考えが出てきました。
 一方で罪を告白して赦しを得る前に死んだらどうなるのかという問題が起こりました。それなら、事前に罪を許してもらっておけばよいということになります。
 そうしているうちに事前に罪を許してもらうことを証明するものがあれば、死後天国へいけるのではと考えるようになります。そこで出てきたのが贖宥状の考え方です。
 以前は免罪符と言っていましたが、これはちょっと違うということになり、今では贖宥状というようになりました。罪を免れるのでなく、償いによって許される証明書ともいうべきものです。
 これはキリストの代理人たるローマ教皇が発行する者です。キリストに代わって罪の償いが終わったことを証明しているのです。
 それを高額のお金で売りました。それに対してルターは赦しはそんな免状でなされるのでなく、キリストとの関係を復活することでキリストの側からなされるのだと主張したのです。
 こうして人は修行や免状によって罪が許されるのでなく、ただキリストへの信仰を持つことだけでよいのだとされたのです。有名な信仰義認です。
 キリスト教信仰は劇的に変化します。時同じくして日本でも親鸞が念仏さえ唱えれば救われると主張して浄土真宗を開いたのに似ています。
 ルターは素朴な疑問を提示しただけなのですが、グーテンベルクが発明した活版印刷によってルターの質問状は大変なスピードでドイツ中に広まり大きなうねりとなりました。
 ルターが考えたのと全く違った方向で話が進み、大きな政治的運動ともなったのです。こうして世界は福音主義教会とカソリック教会とに分かれていくのです。
 明日は本来なら中学の仕事ですが、期末考査でありません。いろいろ書類作りがあるのでそれをします。