新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

キリストの逮捕をめぐてー様々な人間模様

 今日は日曜日なので教会した。最近行き始めた教会に行きました。今日はマルコ福音書14書43節以下から説教がなされました。
 50年以上礼拝に出席していますが、それでも毎回新しい発見があります。今日の箇所はイエスが反対派に逮捕される場面です。
 イエスを逮捕するために、反対派は総動員をかけます。イエスの支持者たちが暴動を起こすのを怖れていたと思われるのです。ヨハネ福音書ではイエス逮捕のためにローマ軍の「一隊の兵士と千人隊長」が駆り出されています。ローマ軍は百人隊長と千人隊長がいます。
 イエスに自分の部下の病気を治してくれるように頼んだのが百人隊長でした。今でいうと中隊長と言ったところです。中隊は軍隊のかなめです。
 階級でいえば大尉くらいでしょう。千人隊長と言えば大佐級の指揮官です。実戦部隊の一番の長です。かれが指揮官となって兵士を率いてイエスの逮捕にきているのです。
 それだけでなく、群衆も棒や剣をもって集まってきています。もちろん、当時の権力者である祭司長や長老たちのさしがねです。
 それほどイエスの威光が強かったことを示しています。弟子の一人がもっていた「剣を抜いて大祭司の手下に打ってかかり、片方の耳を切り落とした」とあります。
 弟子たちの抵抗はここまででした。剣を抜いたのはペテロだったと言われます。その後「弟子たちは、イエスを見捨てて逃げてしまった。」とあります。
 それに加えて51章ではひとりの若者が裸の上にまとっていた亜麻布を脱ぎ捨てて逃げたとあります。この若者はマルコ福音書を書いたマルコだともヨハネ福音書を書いたヨハネだとも言われます。
 裸の上に亜麻布をまとうというのは、寝間着替わりだったと言われます。最後の晩餐の後、ゲッセマネの園でイエスは祈ります。
 その間弟子たちは眠り込んでいました。その後イエスと弟子たちはでかけます。若者はそれに気づいて寝間着のまま追いかけたのかもしれません。
 若者は事の次第を知ってあわてて逃げたのかもしれません。五十歩百歩という言葉があります。イエスを裏切ったユダとイエスを見捨て逃げた弟子たちとどこが違うのでしょう。
 どこまでもイエスについていくと言いながら、女中からあなたはイエスの弟子でしょうと言われてあわてて否定し、逃げたペテロとそれほど変わらないでしょう。
 ただペテロとユダの最大の違いは、ペテロはイエスの教えにもどり、ユダは自殺したことです。イエスを見捨てて逃げたペテロも最後はローマで殉教したと言われます。
 失敗してもよいのです。最後にどうするかが一番大切なのだと思いました。明日は庭の手入れをする予定です。