新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

嵐の中の信仰ー全ては最善

 今日は日曜日なので教会です。新しい教会に行きました。この教会に行きだして、4ケ月ほどになりました。牧師さんは30代の方です。
 礼拝の後牧師さんと同じ苗字の方が昨日結婚式をしたと報告がありました。その方が礼拝に出ておられて、挨拶をされました。
 すると牧師のことを君付けで呼ぶのです。実は結婚されたのは、牧師さんのお兄さんだったのです。牧師の弟がお兄さんの結婚式の司式をするのも珍しいです。
 ご両親も当然列席するので、息子が結婚式の司式をするのを見たでしょう。ところで今日の説教は嵐の中の弟子たちの話です。
 ルカ福音書8章22節以下です。イエスと弟子たちはガリラヤ湖に舟を漕ぎだしたのです。すると風が吹いて舟が沈みそうになります。弟子たちは恐れて寝ていたイエスを起こすのです。イエスが風と波をしかると凪になるという話です。
 人は信仰があっても危機を迎えると恐れおののいてしまいます。人生において、全く波風のない時はありません。どうしようもない危機があります。おじさんも自身ではありませんが、間接的に大きな問題を抱えています。
 思いもよらない嵐が襲ってくるのです。そんな時つい信仰を見失ってしまいそうです。聖書はそのような時こそ強く心を持てといいます。
 イギリスの詩人で清教徒革命にかかわったミルトンの言葉を牧師が説教で引用しました。とても印象的でした。ミルトンは王政が復活した時不遇の人生を歩むことになります。
 公的にも私的にも不遇の人生を迎えるのです。しかし、彼は信仰を固く持ちます。彼の言葉は「すべては最善」といいます。「われいと高きものの測らざる摂理疑うことあるも、終わりはすべて最善」といいます。
 また神は乗り越えられない困難を与えられないともいいます。思えばおじさんもこれまで何回かの困難を乗り越えてきました。
 先が見えない困難もありました。信仰的にいえば教会建設がそうです。8000万円もの借入金を40人くらいの教会員でどう返済すればよいのかというものです。
 その前に教会建設のあり方をめぐって、教会内が分裂してしまいました。教会建設で意見が異なり、教会から出て行った人が結構いました。
 今行っている教会も隣接地にビルが建設されるそうで、そのことで対応を迫れているようです。来週臨時教会総会があるようです。
 30代の若い牧師さんにとっては最初の試練です。大きな教会なので財政的な問題はないでしょうが、隣接地のビルの問題で悩まされるようです。明日、市の建設関係者が来て教会の役員さんと話し合うようです。
 今おじさんがかかわっている問題が何とか解決するよう毎日祈っています。明日は中学の仕事もないので、家の片づけなどをします。