意識変革のむつかしさ
このところ、さまざまな組織で不祥事が発生しています。それは社会全体にまたがっています。政界・大学・スポーツ団体・企業などです。
共通しているのは、突然起こったのではなく、以前からあったものが、今になって噴き出したということです。内部の人間は早くから知っていたと思います。
何とかしなければと思いながら、今までの流れの中でどうしようもなかったのでしょう。その最大の原因はこれまでの意識を変えることができなかったからです。
人間は目に見えるものを変えることはそれほど難しくありません。しかし、長年積み重ねてきた経験や長い間に身についた価値観を変えることは難しいです。
中国の言葉にも山中の賊を打ち破るのはたやすいが、心中の賊を打ち破るのは難しいとあります。これまでの意識を変えることには相当の苦痛が伴います。
また、周りの人の反対もすごいです。なぜ今までうまくいっていたのに変えるのかということです。さらには、今までのやり方で利益や権力を得ていた人もいます。
そのような人は利益や権力を失います。意識改革を行うには下からの力以上に上からの力が必要です。下からの意識改革では、提唱者がつぶされたり排除されたりします。
徳川250年間が前例のみを踏襲して、不都合なところだけを手直ししてやってきたのですから、簡単に日本の意識改革は進まないでしょう。
江戸時代以来の意識は今でも日本の社会に根強く残っています。明治維新といっても、意識はそのまま江戸期のものを残しているでしょう。昭和の敗戦でも外国の直接支配でなかったので、意識のレベルではそれほど変わらなかったと思います。
現代では高度成長期に成功したひとが様々な集団のトップにいます。70代後半の人です。スポーツ団体の会長や大学の理事長などです。あるいは会社の会長などです。
ただ、すでにその意識ではやっていけなくなっています。毛沢東の矛盾論ではありませんが、矛盾が大きくなりすぎて、社会を支え切れなくなっていると思います。そんな時社会では劇的な変化が起こります。
幕末の日本や戦後の日本がそうです。日本の場合、変革するときは劇的に変わります。以前の社会が存在したのさえ信じられないほどです。
まもなく変革の時代が来るでしょう。それは社会に大きな摩擦を生むと思います。外国人労働者の受け入れがその引き金になるかもしれません。
明日も仕事がないのでのんびり過ごします。