新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

神学部聴講の思い出。担当の教授の死を知って

 久しぶりに書いています。今日は中学の仕事の後に歯医者の検診と忙しかったです。歯医者の方は歯石を取って、後は差し歯の調整です。
 もう一回あります。先日やった中学の授業は生徒さんに好評だったようです。水曜日に担任の先生から、おじさんの授業がおもしろかったと学級日誌に書いてあったと聞きました。
 教師経験38年ですから、それだけやってつまらない授業と言われたら空しいので良かったです。今週は株価が上がっていたのですが、今日は180円ちょい安です。一本調子には上がらないようです。
 ところで、今日の新聞を読んでいたら以前聴講した科目の先生が亡くなっていました。60代の初めだったようです。5年ほど前この先生の講義を受講しました。
 ちょうど中国から帰ってきて何もすることのない時でした。ご存じのように欧米では新学期は9月からです。中国も欧米同様6月に学年が終わるのです。
 ところが、日本の新学期は4月です。ですから、6月に仕事が終わって帰国しても、次の仕事がすぐに見つからないのです。それで、次の仕事が見つかるまで何か勉強しようと思いました。
 教会に長年通っていますが、正式なキリスト教の勉強をしたことがありません。我流で聖書を読んでいるだけです。とくに旧約聖書は分かりにくいとろこがあります。
 それで旧約聖書の勉強のために大学の神学部に聴講に行こうと思ったのです。しかし、一科目だけではもったいないので、同じ日にあって興味のありそうなキリスト教の科目を探しました。
 結局旧約聖書神学と組織神学の科目を取ることになりました。神学というのは、キリスト教について学問的に研究するものです。
 ご存じの方も多いと思いますが、中世ヨーロッパの大学というのは神学部と法学部と医学部で構成されていました。人間が生きるためには心の問題を担う神学部と体の問題をだ担う医学部が必要です。
 また人間が社会生活をやっていて争いを解決するには法律が必要なのです。ローマ法という分野があるくらいですから、古代から法律は重要であったわけです。だから法学部があるのです。
 話は戻りますが、神学には聖書神学と歴史神学と組織神学の3分野があります。神学部の大学院などはこの3つの専攻で成り立っています。
 組織神学とは教会のことについて研究する学問です。おじさんが行った時、組織神学では世界的に有名なドイツの神学者バルトの著作をやっていました。
 バルト神学は日本でも大流行したのです。担当の先生はバルト神学の研究ではよく知られていました。ところがバルト神学は極めて難解なのです。
 翻訳が悪いわけではないのですが、とにかく何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。若いころバルト神学入門の本を読んだのですが、入門書でも理解できませんでした。先生のお話を聞いても結局何が言いたいのか分かりませんでした。
 今回その先生の訃報を知って当時のことを思い出しました。若くして亡くなったのできっと心残りがあったと思います。
 明日は専門学校の授業があります。