新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

驚きの多い中学での仕事

 このところ忙しかったのでブログをお休みしていました。やっと少し時間がとれたので、これを書いています。中学の仕事をしていて驚くことが多いです。
 おじさんは上は大学院から下は高校まで教えましたが、今行っている中学は全く別の世界です。よく義務教育といいますが、それが良く分かりました。
 義務ですから自由はほとんどありません。つまり全国津々浦々文部科学省の決めた学習指導要領通りにやっているのです。学校の多様性もほとんどありません。
 教科書の数もそれほど多くありません。国語の教科書でいえば、光村図書が独占状態です。個別の中学の先生に教科書選択の自由はないのです。
 高校は大学に近いです。高大連携という言葉をよく聞きます。大学からの出張授業というのもあります。高校の先生が大学の先生になったり、以前高校に勤務したことのある大学の先生はざらです。
 ところが中学は小中連携なのです。中学の校長が小学校の校長になったり、逆の場合もあります。中学の校長が高校の校長になったり、高校の校長が中学の校長になったりするのはほとんどありません。
 おじさんのいた県の場合給与表も小中学校と高校では別でした。というわけで、先日も町内の小学校の研究授業があって、おじさんの勤務する中学の先生も参加していました。
 中学の先生が小学校の英語や体育の授業を見学して、それについて討論するのです。おじさんの相方の先生はもちろん国語の先生ですが、小学校の英語の授業をみるのだそうです。
 また、中学ならでの授業もあります。先日道徳の授業に参加しました。道徳教育の研究という単位は中学の免許状を取る際の必須科目なのです。
 50年前おじさんもこの単位を取りました。全然おもしろくない授業でした。学生紛争の時代でしたから、教授に反発して発言する学生もいました。この科目がいやで、高校の免許しかとらない学生もいたほどです。
 今回授業にでて、意外だったのは、国語の授業に余り参加しない生徒も案外道徳の授業をちゃんと聞いているのです。今回の授業は「恩返しと恩送り」というものです。
 ちょっと古めかしい題材でしたが、それなりに生徒は反応していました。おじさんが生きた時代の子供だったら、そうはいかなかったかもしれません。
 そういえば、昔いたヤンキーな子供が中学からもいなくなりました。長ランとか短ランとかロングスカートとかミニスカートをはく生徒はいません。
 案外人と違った格好をすることに抵抗があるのかもしれません。世の中に同調圧力が充満しているといいますが、こんなところにその影響がきているのかもしれません。
 明日は日曜日なので教会です。