新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

出身校へ行ってきました。

 今日は昨日と違って真夏日が戻ってきました。東日本では豪雨とのことですが、こちらは一転晴天になりました。今日から明日までツマクマは野球観戦のために出かけています。球場が自宅から離れているので、子供のところに泊ります。そのためおじさんは今日はのんびり過ごします。
 
 株式の方はあっと言う間に利食い売り(ちょっと利益が出たので売ること)が出て、下落です。やはり相場全体に力がありません。このままでは、日本滞在中に利益を出すのは難しそうです。政治の方も相変わらず混乱続きです。マスコミはとにかく民主党の失敗をかき立てるだけです。だれでも新米の時はうまくいかないものですが、それを周りが温かく見守ってやる余裕もなさそうです。
 
 さて今日はツマクマもいないので、久し振りに出身校へ資料調査に行きました。今日行った出身校は大学院を卒業した学校です。この大学で初めて国立大学に入学しました。幼稚園が私立で大学院が国立でそれ以外は全て公立です。(小中大は市立・高校は県立)仕事も県立高校の教員でした。定年後にまた中国ですが、国立大学の教員をやっています。(考えてみれば5歳から62歳までずっと途切れなく学校で生活しています。)
 
 この国立大学は8年前に修了しました。修士課程で2年間行きました。今日行ってみると外見はもとのままで、内装だけやり直していました。おじさんの所属した教育学専攻の建物は在籍当時ぼろぼろでした。この大学は確か昭和40年代の後半に大学が統合され今の場所に移転したはずです。おじさんが在籍した平成14年頃はまだ移転当時の建物のままでした。先生方の研究室のある建物などは、昭和40年代の病院のような感じで、廊下にロッカーが並んでいて、なんだか薄暗い感じでした。
 
 校門には以前はゲートがなかったのですが、今日行くとゲートがありました。恐る恐る用件を告げるとゲートを開けてくれました。夏休みなので駐車場も空いていてよかったです。大学院に在籍中は午後5時15分に仕事が終わるとすぐ車で行っていました。(授業開始が午後6時なので渋滞すると遅刻します。)1年生の時は週3日くらい通学しました。それと夏休みや冬休みに集中講義(週5日連続授業)をとって単位を習得しました。。2年生は修士論文が忙しいので週2日くらいでした。
 
 そういえば修士論文のためにアンケートを作り、夏休み中に発送したのを思い出します。宛先のラベルを作ってプリントアウトし、アンケートを袋詰めして事務室まで息子に頼んで持って行ったのを思い出します。その頃息子は高校生でしたが、きっと不思議な親だと思ったでしょう。(50歳過ぎて大学院に行き、修士論文のための手伝いをさせるから)修士の2年の時は夏休みに各地の教育委員会に調査のための行きました。どこの教育委員会も50歳過ぎて大学院生をやっているおじさんに親切でした。
 
 今回大学に行ったのは、指導学生で日本の大学院を受験する学生さんのためです。受験する大学の紀要(論文集)を見て参考になるものをコピーするためです。うまく紀要があって良かったです。指導を希望する先生の著書はすでに集めたので、今回はその先生に指導されている学生がどのような研究をしているかについて調べました。
 
 博士課程の学生さんが、博士論文を書くために書いた論文の一部が結構ありました。大学院では事前に自分の研究計画を提出し、指導の先生を選んでおかなければなりません。大学院に入学後に先生を選ぶのではありません。ですから、事前にどの先生が何をやっているのか知らなければならないのです。先生の方も、とりあえず学生を選ぶのではなく、自分が指導できそうなテーマの学生をとるのです。
 
 おもしろいことに、今中国の大学で同僚になっている先生の論文もありました。その先生の専門については以前から知っていたのですが、中国の大学から2000キロも離れた日本の大学の図書館の書庫でその先生の論文を見た時は、不思議な感慨にとらわれました。もちろんその先生はその大学で博士号を取りました。
 
 明日は別の出身大学(卒業大学)に行きます。大学院は夜間だけで学生生活は送っていません。サークルにももちろん所属していないの余り思い出はありません。しかし、明日行く大学は4年間過ごししたし、サークル活動なでもやったので思い出深いです。指導学生さんが、将来指導してもらう予定の先生にも会う予定です。