新おじさん教師のひとりごと

長年高校教師をした後、中国の大学で日本語を教え、3年間過ごして帰国しました。今は引退して年金生活です。個人的な意見を書いています。

お盆になりました。

 今日はにわか雨が降ったりして不安定な天気でした。いよいよ今日からお盆に入りました。といっても厳密には今日の夕方から死者の魂が帰ってくるようです。お寺の方も以前はお盆にお参りに来ていたのですが、忙しいので別の日になりました。そんなものでしょう。
 
 今日からお盆なので少しずつお盆の行事が始まりました。今日はまずお墓参りから始まりました。おじさんの両親の墓とツマクマの父(義父)のお墓です。どちらもおじさんの街にあります。両親の墓は丘の頂上付近にあります。とても見晴らしのよいところです。母親は見晴らしのよいところが好きだったので、生前からお墓の場所が気に入っていました。義父のお墓(納骨堂)は600年近い伝統のあるお寺の納骨堂です。
 
 両親の墓のある墓地には以前は火葬場もあって、父が昭和29年(1949年)に亡くなった時もそこで火葬をしました。今でもその時のことを覚えています。父は8月の22日に亡くなったようです。お盆が過ぎてから亡くなったのは覚えていたのですが、何といっても50年以上前のことなので、正確な日は覚えていませんでした。
 
 亡くなった日は夜子供たちが寝ていると突然電話があって、起こされて父親の病室に親戚の人に連れて行かれたのを覚えています。(そのころおじさんは小学1年生でした。)まだ6歳くらいですから、覚えているのは切れ切れの記憶です。父が亡くなったのは42歳の時で、おじさんがその年を超えた時、亡くなった父親の年を超えたのだと思いました。
 
 母親は82歳でなくなったので、大往生です。ちょうどおじさんたち夫婦がいる時に亡くなりました。目の前で人がなくなるのを見たのは初めてでした。と言っても、数週間前からこん睡状態でしたから、意識が戻らないままなくなりました。14年前のことです。
 
 義父はデイサービスのお風呂場で急死したので驚きました。学校に突然電話があって、義父が亡くなったのですぐ帰って来てくれということでした。義弟などは列車に乗っていて連絡があったそうです。13年前のことです。このように様々な死に方でしたが、お墓参りをするといろいろなことが思い出されます。
 
 昨日から孫1が来ています。一緒に今日は墓参りに行きました。午後から長女夫婦が来ています。夕方からは二女夫婦と孫2が来ます。今日はにわか雨もあがったので、近くの小学校である盆踊りに行くようです。以前は近くの団地などでも盆踊りがあったのですが、高齢化と少子化(子供たちが出て行ったので)で小学校1か所だけになりました。
 
 おじさんの家の周りは団塊ジュニアーが大きくなる前の団地がいくつもできましたが。団塊ジュニアーが大人になると皆さらに都会へ出て行きました。こうしておじさんの家の周りも高齢化が進んでいます。明日は以前勤務いしていた高校の同総会です。この高校の同総会(同期会)は初めてなので楽しみです。